「父親の埋葬の書」としての『1Q84』 2010年5月8日 この全3巻に及ぶ長編小説を読んで改めて感心するのは、村上春樹という作家の「物語る」力です。Book 2 までが昨年出版され、その後多くの読者から続編を期待する声が寄せられ Book 3 がこの4月に出版されることになった経緯はみなさんもよくご存知だと思います。 よくこれだけ物語が湧き出てくるものだ、と素直に感心せずにはおれません。ストーリー・テラーとしての村上の才能にはただただ圧倒されるばかりです。 ボクはこの『1Q84』がどんな作品評価を受けているのか読んだことがないので、そんなことは誰でも言ってることだということにもなりかねませんが、ボクなりの感想を述べてみたいと思います。 まずこの物語が青豆と川奈天吾のラブストーリーであることは誰しもが思うことです。そしてこの2人が20年という歳月を超えてお互いを激しく求め合い、な かなか出会えないことで読者をやきもきさせながら、最後に出会いを果たし終えるというとても落ち着きの良いエンディングになっています。Book 2 の終わりはあまり評判が良くありませんでした。天吾が父が昏睡状態を続ける療養所で、「空気さなぎ」が出現し、その中に青豆が入っているのを見て、自分ひ とりでもこれから強く生きていこうと決意する終わり方は、読者にとってはやや落ち着きの悪い不満感を残していました。それが Book 3 で解消され、青豆と天吾は月が2つ浮かぶ1Q84の世界から別の1984への回帰を果たすこと、それも Book 1 の冒頭で青豆が下った首都高速の非常階段を逆に下から上りあがることで果たすことで、この長編は最後が最初へ回帰するというラッピング風の安定感を獲得出 来ました。 この青豆と天吾のラブストーリーの中にボクは今までの村上春樹の小説には出現しなかった新しい要素を感じ取ります。それは青豆が天吾の子供を身ごもるとい う要素です。春樹の小説の中で、「受胎する」というストーリーが出てきたことは、ボクの思い違いかもしれませんが、今までにはひとつとして存在しなかった のではないかと思います。 村上春樹の世界はあまりにも多くの失ってはならないものが「失われる」という「喪失感」に満ちたものでした。 彼の最初の小説『風の歌を聴け』でも東京の大学から故郷の街へ夏休みで帰っていた主人公が出会う、「小指のない女の子」は「旅行に行ってくる」と言い残し てしばらく姿を消しますが、実際には彼女は身ごもった子供を堕胎しに行ったのでした。この直子の原型のひとりを形作る「小指のない女の子」が誰の子を身籠 もっていたのかということの論議があるようです。そして主人公の唯一の親友の「鼠」の子供ではなかったのか?というような論議も。。。それが誰の子供であ れ、彼女は堕胎するという選択を選び、冬にふたたび主人公が街へ帰ったときには跡形もなく消えているという大きな「喪失感」でこの『風の歌を聴け』は幕を 閉じます。 ではなぜ『1Q84』では青豆は天吾の子を身籠もり、どんなことをしてもこの「小さきもの」を守り抜こうと堅く心に誓うことになるのでしょうか? ボクはこの『1Q84』という長編の最も注目すべき点は、月が2つ浮かぶこの異界もさることながら、天吾の父親が亡くなり父親の葬儀を執り行うという点に あるように思えて仕方ありません。つまりこのラブ・ストーリーが結実し、青豆が身籠もり子供を生もうとするという展開がもたらされたのは、伏線として「天 吾の父親の死去」が大きな鍵を握っているように思えてならないのです。 つまりこの『1Q84』とは「父親の埋葬の書」であるとボクは思います。 2009年2月15日に村上春樹は「エルサレム賞」を受賞しました。そしてその授賞式で彼が行ったスピーチ「Always on the Side of theEgg」はイスラエルの地でイスラエルを批判した春樹らしい骨太の演説でした。このスピーチの中で春樹は自分自身の父親について語っています。 My father died last year at the age of 90. He was a retired teacher and a part-time Buddhist priest. When he was in graduate school, he was drafted into the army and sent to fight in China. As a child born after the war, I used to see him every morning before breakfast offering up long, deeply-felt prayers at the Buddhist altar in our house. One time I asked him why he did this, and he told me he was praying for the people who had died in the war. 訳:私の父は昨年90歳で亡くなりました。彼は定年した教師であり、兼業として仏教の住職でした。彼が大学院にいたとき、徴兵され中国へ兵隊として送られ ました。戦後に生まれた息子として、私は毎朝朝食前に父が長く心のこもった祈りを家の祭壇であげているのを見て育ちました。一度父親になぜこんなことをす るのかと訊いたことがあります、すると父は戦争で死んだ人々のために祈っているのだと語りました。 「昨年90歳で亡くなった」ということですから、2008年に村上春樹は父親の死去を迎えたことになります。そしてこれは多くの推測が絡む問題かもしれま せんが、村上春樹にとって実の父親の「呪縛」というものが相当に強かった。ないしは春樹自身が自分の父親としっくり行かない関係にあったように思えるので す。 それは天吾とNHKの集金人をしていた父との疎遠な関係の中に投影されているのではないでしょうか?昏睡状態を続ける天吾の父の魂めいたものが、NHKの 集金人として「ふかえり」と青豆の2人のアパートのドアを叩き、散々な悪態をつく様は、天吾が自分の子を宿すことに関与した「ふかえり」と身籠もった「青 豆」へまるで怒りをぶちまけているような執拗さを感じてなりません。 そして春樹自身も彼にはお子さんはいないのではなかったのでしょうか? こんなプライベートなことは真相を春樹個人に聞かないで勝手に推測するのもどうかとも思うのですが、春樹の父親との不仲ないしは父親の強烈な呪縛が、春樹 に子供を作ること、つまり自分が心のどこかで嫌悪し否定している「父」という存在になることから遠ざけたのではないかとも思えるのです。 2008年の自身の父親の死去をもって、春樹自身は父親という呪縛から解き放たれることが出来た。そしてその結果、彼は今までにはあり得なかった青豆が受 胎し、天吾が父親になるというストーリーを書くことが出来るようになった。青豆と天吾が1Q84から抜け出す「出口」を見いだせたとは、言い換えれば、人 生の総決算として春樹自身が自分の「出口」を見いだせたとも読めるように思えてなりません。 |