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[自己紹介]

早いもので下関市立大学に来て10余年の歳月が流れました。もともとは広島市内の出身です。カープが低迷していることが優勝当時を知っている市民としては残念です。
専門はアメリカ文学でとりわけJ.D. Salinger を読んで来ましたが、それと同時に村上春樹も長く読み続けています。またデビュー当時から宇多田ヒカルのファンでもあります。Edgar
Allan Poe と同じ誕生日を持つ宇多田ですが、彼女の世界も非凡なものを持ち合わせていると感じています。
最近は昔読んだ Herman Melville をもう一度読み返すとともに、Raymond Carver の短編を2年生中心の教養ゼミで、村上春樹の『風の歌を聴け』や『ノルウェイの森』を1年生の基礎演習では読み込んでいます。
文学の楽しみと醍醐味が年を重ねるにつれて深まっていく感触があります。若い頃には見えなかった風景が小説の各ページに散りばめられていることに気づきます。そしてそうした物語を紡ぎ出せる作家の資質と魅力には畏敬の念すら覚えます。
優れた小説家が持ち合わせている時代を深く読み取り、次に来るものを予感させる力の偉大さをつくづくと感じずにはおれません。また作家の人間の生と死に関する深く鋭い洞察力・・・若い学生たちと小説を読みながらこうした文学の持つ魅力について静かに語っています。
かつてほどに文学部に進む学生が多くない昨今、文学そのものが軽視されかねない時代だからこそもう一度、言葉と物語が人の生き様や社会と文化を変えてしまうほどの力があることを再認識することが必要だと思います。
下の写真は60年代だと思われるUC バークレー校の Telegraph Avenue です。

学生運動、ベトナム反戦運動、ヒッピー・ムーブメントが渦巻いた時代ですが、この60年代は文学だけにとどまらず文化そのものを変質させました。その当時の若者たちにとってバイブルだった本がサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』であったことはご存知かと思います。
私がメルヴィル、サリンジャー、カーヴァーそして村上春樹を読むのも、もちろんそれぞれの作家の作品への鋭い切り込みは欠かせませんが、こうした文学作品の時代ないしは社会・文化そのものへの関わりという視点は非常に重大であり、単に狭義の文学研究という立場から小説を読んでいるのではありません。
もう今となっては昔話だと笑われる方もおありでしょうが、1969年のウッドストックで歌う Joan Baez の"We Shall Overcome"です。この時代のリベラリズムや物質的な豊かさよりも、魂の豊かさと政治的自由を求めた一種の「理想主義的」なアメリカの風潮。今の若い世代に語り継ぐことが、そういう時代を生きた私のような世代の人間のつとめであるような気がします。
しかしながら・・・
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